昨年、90歳で亡くなったポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダ氏。「灰とダイヤモンド」「地下水道」など世界の映画史に残る名作を撮ってきたワイダ監督が昨年、亡くなる直前に完成させた映画「残像」を、今年の6月、神保町の岩波ホールで観ました。
ワイダ監督は共産主義体制のポーランドにおいて迫害をもろともせず反体制の姿勢を貫いた反骨の人物ですが、この「残像」は、ワイダ監督よりも以前に反骨精神を貫いたがゆえに悲劇の最期を迎えた、足の不自由な前衛画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキの、戦後から亡くなるまでの人生を描いた映画です。
シャガールやカンディンスキーなどの前衛芸術家たちとも交流を持ち、互いに影響を与え合ったストゥシェミンスキは、空間・時間への既成概念にとらわれない自由な芸術を目指す「ウニズム理論」という優れた芸術理論を生み出した一人で、戦前から国内外で高い評価を得ていましたが、同じ作風の繰り返し、過去の自分の作品のモノマネはしないという芸術家としての厳しさを自らに課し、そのうえで美術大学でも情熱的な講義で若者たちを惹きつけ、人々の尊敬を集めていました。
ところが戦後、ポーランドは共産主義体制になり、芸術の世界も「社会主義リアリズム」という、社会主義の宣伝になるような具象的な絵画しか認められないようになります。大学を追われ、美術館からもストゥシェミンスキの作品は取り払われ、彼を慕う学生たちのグループ展は学生たちがいない間に荒らされ、作品は破壊されてしまいます。職業に就くことも許されず、食料配給も受けられず、絵の具を買うことも許されなくなったストゥシェミンスキ。彼に救いの手はあるのか……。
映画は救いのない結末を迎えるのですが、魂が揺さぶられる作品になっているのは、陰影の深い後半のシーンが訪れる前に学生たちとの自由な芸術を目指す明るい希望のシーンが強烈にあり、そのコントラストがあまりにドラマチックだからでしょう。また、セリフだけで展開する映画ではなく、映像がメッセージを強烈に伝える作品なので、胸の中に名シーンが深く刻まれます。
例えば、冒頭のスケッチ旅行のシーン。丘の上にいたストゥシェミンスキと教え子たちの元に、丘の下から美しい女子学生が追いかけてきます。ストゥシェミンスキは「そこにいなさい」と彼女を止め、自ら下に降りようとします。しかし、松葉杖をつく彼が降りるのは時間がかかるだろう、そう思ったとき、彼は嬉しそうに笑いながら坂を転がっていくのです。これなら足が不自由でも問題ありません。学生たちは大喜びで彼にならって坂を転がっていきます。そのゴロゴロの楽しそうなこと!そして、坂の下で彼の講義が始まります。目を輝かせる学生たち!
ほかにも、アパートの彼のアトリエの窓を、アパート全体を覆う赤旗がふさぐシーン。絵を描こうとしていた彼は窓を赤い布が塞いで部屋が真っ赤に染まり、絵が描けなくなったことに怒りを覚え、ペイントナイフで布を切り裂きます。部屋の中からは単に赤い布を切り裂いただけに見えるけれど、外から見るとスターリンの顔を切り裂く大胆な行為です。私は思わず笑ってしまいました。
また、別れた妻は青い花が好きでした。彼女の墓に青い花を捧げようとした彼。しかし、青い花はありません。彼がとった行動は……!
など、視覚に訴える象徴的なシーンがたくさんあり、忘れられない作品です。これらのシーンは予告編にも映っているので、公式ホームページからも観ることができます。
今年観た映画の中でも、とくに印象深い作品の一つです。岩波ホールでの上映は終わっていますが、東京では、11/30(木)13:30と12/10(日)10:30、ポーランド映画祭(会場:東京都写真美術館ホール)の中で上映されます。また、新文芸座でも上映予定です。
ポーランド映画祭ホームページ
じゃーねー!(*^▽^*)/